孫子曰く、凡に用る兵の之いる法は、将の命を受けて君たりを於すも、衆を聚める軍に合わすに、泛地には舎くこと無く、瞿地は交わりに合わし、絶地には留まること無く、囲地あれば則ち謀るなり、死地なれば則ち戦うなり。

其八1-1

孫子曰、凡用兵之法、將受命於君、合軍聚衆、泛地無舍、瞿地合交、絶地無留、圍地則謀、死地則戰。

sūn zǐ yuē、fán yòng bīng zhī fǎ、jiāng shòu mìng yú jūn、hé jūn jù zhòng、fàn dì wú shè、qú dì hé jiāo、jué dì wú liú、wéi dì zé moú、sǐ dì zé zhàn。

解読文

孫先生が言うには、

①敵国の領地内を通る軍隊が使うお手本は、将軍が指定した敵里等を奪い取って陣地にして統治することだが、多くの人民を寄せ集めた敵軍に対応する時は、水が氾濫する「泛地」では停止すること無く、分岐路にある「瞿地」は気持ちが通じ合う諸侯によって完全に塞ぎ、領地からかけ離れた「絶地」には残り続けること無く、囲まれた「囲地」が存在すれば戦術を計画するのであり、命を取り合う「死地」であれば軍隊の勢いで優劣を争うのである。

②敵国の領地内を通る軍隊が使うお手本を上手く適合させて、あらゆる範囲において戦略、戦術を使って兵士数を増やす時は、正攻法部隊は獲物となる敵部隊を攻め取る場所に連れて行って奇策部隊に攻め取らせるのであり、集落等に陣取って自軍に統一するのである。水が氾濫する「泛地」を軽んじて休む敵部隊が存在すれば転覆させるのであり、分岐路にある「瞿地」を気持ちが通じ合う諸侯によって完全に塞げば敵軍を驚き恐れさせるのであり、領地からかけ離れた「絶地」を軽んじて残り続ける敵軍が存在すれば枯渇させるのであり、囲まれた「囲地」があればお手本の実行を計画して戦術として敵部隊を包囲するのであり、命を取り合う「死地」のお手本は自軍に恐れ震えて逃亡する敵兵達を出現させるのである。

③平凡な将軍が力を尽くすやり方は災いに至るのである。多くの人民を寄せ集めた敵軍に対応する時、水が氾濫する「泛地」を軽んじて休めば敵軍に転覆させられるのであり、分岐路にある「瞿地」から敵国と連合した諸侯が出現して自軍は驚き恐れるのであり、領地からかけ離れた「絶地」を軽んじて自軍を留め置いて枯渇させるのであり、囲まれた「囲地」に入るとかえって防御しようとするのであり、命を取り合う「死地」に至るやいなや兵士達は恐れ震えて硬直するのであり、兵士達は敵の獲物となって命を捧げる目に遭うのである。

④戦略、戦術を使った時、敵国の兵士達を自国に従わせるお手本は、将軍は攻め取った敵兵達に対して「自国に従えば養う」と告げるのであり、陣地にした元敵里等に全体に広がった田畑が無ければ、駐屯して食糧等の蓄えを増やすことで元敵里等の人民達は打ち解けるのである。自国人民の家屋を元敵里等のあちこちに建てて広げれば両国の人民同士が交流して男女が交わるのであり、田畑が枯渇しなければ人民達は残り続けるのである。ひたすら真心のある法規や決まりを人民達に守らせて田畑のために働かせれば、人民同士の争いは無くなるのが道理である。
書き下し文
孫子曰く、

①凡(はん)に用(よ)る兵の之(もち)いる法は、将の命を受けて君たりを於(な)すも、衆を聚(あつ)める軍に合わすに、泛地(はんち)には舎(お)くこと無く、瞿地(くち)は交わりに合わし、絶地(ぜっち)には留まること無く、囲地(いち)あれば則ち謀るなり、死地(しち)なれば則ち戦うなり。

②法を用せしめて、兵を凡そ之(もち)いて衆(おお)くするに、君は於(う)を命に将(ともな)いて受けしむなり、聚(しゅう)に軍して合わせるなり。地を無(なみ)して舎(いこ)うものあれば泛(くつがえ)すなり、地を交わりに合わせば瞿(おそ)れしむなり、地を無(なみ)して留まるものあれば絶(た)えしむなり、地あれば則(そく)なすこと謀りて囲むなり、地の則(そく)は戦(おのの)きて死すものあらしむなり。

③凡なるものの用いる法は兵すに之(いた)るなり。衆を聚(あつ)める軍に合わすに、地を無(なみ)して舎(いこ)えば泛(くつがえ)さるるなり、地より合する交わりありて瞿(おそ)れるなり、地を無(なみ)して留めて絶(た)えしむなり。地にあれば則ち囲むこと謀るなり、地にありて則ち戦(おのの)きて死たりて、君は於(う)たりて命将(おこな)うを受けるなり。

④兵を之(もち)いるに凡(はん)を用せしむ法は、君は於(う)に受ければ将(やしな)うと命(めい)するなり、泛(あまね)く地無ければ、軍して聚(しゅう)を衆(おお)くして合わすなり。舍を地に瞿(く)すれば交わりて合するなり、地の絶えること無ければ留まるなり。地(た)だ則(そく)を囲(い)せしめて地に謀らしめば、戦い死すは則(そく)なり。
<語句の注>
・「凡」は①人間世界、②あらゆる範囲で、③傑出せずに普通であるさま、④俗世間の人、の意味。
・「用」は①通る、②上手く適合する、③力を尽くす、④従う、の意味。
・「兵」は①軍隊、②戦略、戦術、③災いする、④軍隊、の意味。
・「之」は①②使う、③ある地点や事情に達する、④使う、の意味。
・「法」は①②手本、③やり方、④手本、の意味。
・「将」は①将軍、②連れて行く、③捧げる、④養う、の意味。
・「受」は①受け取る、②回収する、③~の目に遭う、④従う、の意味。
・「命」は①②指定した場所、③生きていること、④告げる、の意味。
・「於」は①~とする、②③④カラス、の意味。
・「君」は①王として統治する、②③夫に対する呼称、④統治者の通称、の意味。
・1つ目の「合」は①対応する、②統一する、③対応する、④打ち解ける、の意味。
・「軍」は①軍隊、②陣取る、③軍隊、④駐屯する、の意味。
・「聚」は①よせ集める、②村落、③よせ集める、④蓄え、の意味。
・「衆」は①多くの人々、②数を増やす、③多くの人々、④数を増やす、の意味。
・「泛」は①水が氾濫する、②③ひっくり返す、④全体に広がったさま、の意味。
・1つ目の「地」は①其一2-5①「地」、②③其一2-5③「地」、④田畑、の意味。
・1つ目の「無」は①無い、②③軽んずる、④無い、の意味。
・「舍」は①停止する、②③休む、④家屋、の意味。
・「瞿」は①三つ又の矛、②③驚き恐れる、④(植物の根や葉が)横ざまに広がり生える、の意味。
・2つ目の「地」は①其一2-5①「地」、②③其一2-5③「地」、④其一2-5④「地」、の意味。
・2つ目の「合」は①②ぴたりと閉じる、③連合する、④男女が交わる、の意味。
・「交」は①②③友人、④行き来する、の意味。
・「絶」は①かけ離れたさま、②③④枯渇する、の意味。
・3つ目の「地」は①其一2-5①「地」、②③其一2-5③「地」、④田畑、の意味。
・2つ目の「無」は①無い、②③軽んずる、④無い、の意味。
・「留」は①②残り続ける、③留め置く、④残り続ける、の意味。
・「囲」は①取り巻く、②戦術として包囲する、③防ぐ、④守る、の意味。
・4つ目の「地」は①其一2-5①「地」、②③其一2-5③「地」、④ひたすら、の意味。
・1つ目の「則」は①~ならば、②模範、③かえって、④決まり、の意味。
・「謀」は①②計画する、③求める、④~のために働く、の意味。
・「死」は①命を失う、②消える、③硬直したさま、④なくなる、の意味。
・5つ目の「地」は①其一2-5①「地」、②③其一2-5②「地」、④田畑、の意味。
・2つ目の「則」は①~ならば、②模範、③~するやいなや、④道理、の意味。
・「戦」は①優劣を争う、②③(恐れや寒さのために)震える、④争い、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「……瞿地……,死地則戰」と大半が欠落しているため、孫子(講談社)の原文を採用する。但し、「衢」は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文より「瞿」とし、「圯」は九地篇の同じ句に合わせて「泛」と入れ替えた。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「凡に用る兵」の直訳は“人間世界を通る軍隊”となる。この“人間世界”は、侵略を仕掛けた自軍が通る敵国の領地全般を指すと考察。文意も色々な場所における軍隊の対処方法がまとめられているため、「敵国の領地内を通る軍隊」と解読した。

・「命を受ける」の直訳は“指定した場所を受け取る”となる。其七1-1②「命」の「(将軍が)指定した敵里等」と同様と解釈すれば、“受け取る”は敵里を奪い取って陣地にすることと考察できる。結果、「指定した敵里等を奪い取って陣地にする」と補って解読。

・「泛地」は、本来「泛(あふ)れる地」として“水が氾濫する場所”となる。しかし、場所の類型として記述されていると解釈できるため、「泛地」として「水が氾濫する「泛地」」と解読した。

・「瞿地」は、本来「瞿(く)なる地」として“三つ又の矛のような場所”となる。“三つ又の矛”は、その形状から分岐路を指すと解釈でき、尚且つ場所の類型として記述されていると解釈できるため、「瞿地」として「分岐路にある「瞿地」」と解読した。

・「交」の“友人”は、其七2-1③「気持ちが通じ合う諸侯に分岐路にある瞿地を占領させる」で記述された「気持ちが通じ合う諸侯」を指すと考察。結果、「気持ちが通じ合う諸侯」と解読。②も同様に解読。

・2つ目の「合」の“ぴたりと閉じる”は、瞿地の分岐路を塞ぐことであり、敵軍に通過させないことが目的と考察できる。結果、「完全に塞ぐ」と解読。②も同様に解読。

・「絶地」は、本来「絶なる地」として“かけ離れた場所”となる。場所の類型として記述されていると解釈できるため、「絶地」とする。敵国に侵略を仕掛けた時は、敵里を奪い取って陣地を広げていく。この広がった陣地は、将来、自国の領地に変わることを踏まえると、自国の領地からかけ離れた場所と言える。この「絶地」は、其十一6-2①「自国領地と奪い取った陣地を隔てている他国」であり、自国の国境や陣地の境界線から離れた場所と解釈できる。結果、「領地からかけ離れた「絶地」」と解読した。

・「囲地」は、本来「囲む地」として“取り巻く場所”となる。場所の類型として記述されていると解釈できるため、「囲地」とする。これは何らかの障害物によって周りが囲まれている場所と考察できる。結果、「囲まれた「囲地」」と解読した。

・「謀」の“計画する”は、其一6-1①「戦略、戦術の計画」を参考にし、「戦術を計画する」と補って解読。なお、戦術に限定している理由は、「囲地」を戦略的に利用する記述が無いためである。

・「死地」は、本来「死ぬ地」として“命を失う場所”となる。場所の類型として記述されていると解釈できるため、「死地」とする。自軍が戦って命を落とす可能性があるならば、戦っている敵軍も同様に命を落とす可能性があると考察できる。そのため、「命を取り合う「死地」」と解読した。

・「戦」の“優劣を争う”は、其五5-4④「荒々しい軍隊の勢いで優劣を争って敵軍を劣勢にさせる優れた将軍は思いやりの才能がある」等の意味を積み上げていると考察し、「軍隊の勢いで優劣を争う」と解読。

<②について>
・「法」の“手本”は、①「法」の「敵国の領地内を通る軍隊が使うお手本」を指すと考察。結果、「敵国の領地内を通る軍隊が使うお手本」と解読。

・「君」の“夫に対する呼称”は、「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”の同意と考察。この人民は正攻法部隊に編制されることを踏まえて、ここでは「正攻法部隊」と解読。其一6-1②「解読の注」参照。

・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。結果、「獲物となる敵部隊」と解読。

・「命」の“指定した場所”は、其七6-7⑧「丘」の「攻め取る場所」を指すと考察。結果、「攻め取る場所」と解読。

・「受」の“回収する”は、奇策部隊が「獲物となる敵部隊」を攻め取ることと考察。結果、話の流れに合わせて使役形で「奇策部隊に攻め取らせる」と補って解読。

・「聚」の“村落”は、其一2-5④「敵国の町、村、里、集落」を指すのであり、軍争によって奪い取る敵里等と同意と考察。結果、ここでは「集落等」と包括的に解読した。

・1つ目の「地」は、其一2-5③「地」の「間者が隠れて出現する場所」であり、①「泛地」の「水が氾濫する「泛地」」の意味を積み上げていると考察。結果、「水が氾濫する「泛地」」と解読。③も同様に解読。

・「泛」の“ひっくり返す”は、其十一1-8③「泛」の「敵軍を転覆させる」を指すと考察。結果、「転覆させる」と解読。③も同様に解読。

・2つ目の「地」は、其一2-5③「地」の「間者が隠れて出現する場所」であり、①「瞿地」の「分岐路にある「瞿地」」の意味を積み上げていると考察。結果、「分岐路にある「瞿地」」と解読。③も同様に解読。

・3つ目の「地」は、其一2-5③「地」の「間者が隠れて出現する場所」であり、①「絶地」の「領地からかけ離れた「絶地」」の意味を積み上げていると考察。結果、「領地からかけ離れた「絶地」」と解読。③も同様に解読。

・4つ目の「地」は、其一2-5③「地」の「間者が隠れて出現する場所」であり、①「囲地」の「囲まれた「囲地」」の意味を積み上げていると考察。結果、「囲まれた「囲地」」と解読。③も同様に解読。

・5つ目の「地」は、其一2-5②「地」の「戦地」であり、①「死地」の「命を取り合う「死地」」の意味を積み上げていると考察。結果、「命を取り合う「死地」」と解読。③も同様に解読。

・「死」の“消える”は、其六4-1②「苦痛から逃げ出す道理を使って敵兵達を自軍の側に集めるように逃亡させるのである」に関連する句と解釈すれば、自軍の勢いに恐れて逃亡する敵兵達と考察できる。結果、「死すもの」で「逃亡する敵兵達」と解読。

<③について>
・「合する交わり」の直訳は“連合する友人”となる。これは、①②「交」の「気持ちが通じ合う諸侯」の解釈から類推すれば、“友人”は敵国と気持ちが通じ合う諸侯と考察できる。結果、「敵国と連合した諸侯」と解読。

・「君は於たり」の直訳は“夫はカラスになる”となる。この“カラス”は、②「於」の「獲物となる敵部隊」の解釈から類推すれば、自軍の兵士達が敵の獲物になると考察できる。結果、「兵士達は敵の獲物となる」と解読。

<④について>
・「凡」の“俗世間の人”は、②「あらゆる範囲において戦略、戦術を使って兵士数を増やす」に基づけば、戦略、戦術を使って取得した敵人民(敵国の兵士達)を指すと考察できる。結果、「敵国の兵士達」と解読。

・「於」の“カラス”は、②「於」の「獲物となる敵部隊」だが、ここでは攻め取った直後の場面が記述されているため「攻め取った敵兵達」と解読。

・「軍」の“駐屯する”は、①「将軍が指定した敵里等を奪い取って陣地にして統治する」に基づけば、「陣地にした元敵里等に」と補った。

・「舍を地に瞿す」の直訳は“家屋を地区に横ざまに広がり生える”となる。この“地区”は陣地にして奪い取ったと解釈でき、“横ざまに広がり生える”は自国人民の家屋をあちこちに建てて広げることと解釈できる。結果、「自国人民の家屋を元敵里等のあちこちに建てて広げる」と解読。

・1つ目の「則」の“決まり”は、其一2-7①「法」の「法規やお手本」と同意であり、ここでは特に其十一7-7②「好き勝手にする敵人民にも真心のある法規や決まりを与えて誠実に実行すれば、自国に対する思いを厚くするのである」等で記述される「真心」の表現が適当と判断し、「真心のある法規や決まり」と解読。

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