引くも去る之は、敵をして半なるものを出で令めて利なりて撃つに之るなり。

其十1-8

引而去之、令敵半出而擊之利。

yǐn ér qù zhī、lǐng dí bàn chū ér jī zhī lì。

解読文

①敵部隊を引き寄せても一定の距離を保ち続けるおとり部隊は、敵軍から一部隊を出撃させて、巧みに孤立させた状態にするのである。

②敵軍から出撃させた一部隊は、孤立させれば引き寄せることができるのである。自軍のおとり部隊は、その敵部隊を不完全に攻撃して離れて、攻められる状態に変わるのであり、劣勢を装って誘うである。

③攻められる状態に変わって劣勢を装って敵部隊を誘うことができれば、その敵部隊を取り囲んだ状態をつくって、奇策部隊の間者が号令した時に出現するのであり、弓を引き絞る奇策部隊は武力でその敵部隊を傷つけるのである。

④獲物となった敵部隊を取り囲んだ状態をつくって攻撃すれば、士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている奇策部隊は容易く打ち破ることができるのであり、食糧と真心のある法規や決まりを使えば、離反させて自国に服従させることができるのである。
書き下し文
①引くも去る之は、敵をして半なるものを出(い)で令(し)めて利なりて撃つに之(いた)るなり。

②之は、去らしめば而(よ)く引くなり。令(れい)は、半なりて敵して出て撃たれるに之(ゆ)くなり、利とするなり。

③撃たれるに之(ゆ)きて而(よ)く利とすれば、敵を半におらしめて、令(れい)するに出(い)づなり、引く之は而(よ)く去るなり。

④半におらしめて敵すれば、利(と)き之は而(よ)く撃つなり、出(しゅつ)と令(れい)を之(もち)いれば、去らしめて而(よ)く引くなり。
<語句の注>
・「引」は①②引き寄せる、③弓を引き絞る、④引き込む、の意味。
・1つ目の「而」は①逆接の関係を表す接続詞、②③④~できる、の意味。
・「去」は①隔てる、②離れる、③損なう、④捨てる、の意味。
・1つ目の「之」は①彼ら、②代名詞、③彼ら、④使う、の意味。
・「令」は①~させる、②季節、③号令する、④法令、おきて、の意味。
・「敵」は①戦争や競争で対抗する相手、②攻撃する、③戦争や競争で対抗する相手、④攻撃する、の意味。
・「半」は①大きな欠片のさま、②不完全な、③④真ん中、の意味。
・「出」は①現れる、②離れる、③現れる、④産物、の意味。
・2つ目の「而」は①②順接の関係を表す接続詞、③④~できる、の意味。
・「撃」は①断ち切る、②③攻める、④叩く、の意味。
・2つ目の「之」は①ある地点や事情に達する、②③変わる、④彼ら、の意味。
・「利」は①巧みなさま、②③利益で誘う、④鋭い、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「引きて去る之」の直訳は“引き寄せても隔てる彼ら”となる。これは戦地の型「挂」の教えで登場した、其十1-4④「気にかかると敵軍に言わせる時は、敵をなじって去ってしまう兵士を利点として足止めする」の「敵をなじって去ってしまう兵士」に類似しており、敵軍を誘導する役割と解釈できる。その上で、其十1-6③「敵軍から分断させた敵部隊が出現すれば、「大いに持ち堪えろ」と言って、おとり部隊を使って誘うのであり、そして、大いに士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている奇策部隊を出現させる」に基づけば、一定の距離感を保ちながら敵軍を誘導していくおとり部隊を考察できる。結果、「敵部隊を引き寄せても一定の距離を保ち続けるおとり部隊」と補って解読。

・「半」の“大きな欠片のさま”は、完全なものから欠けた一部分である。そのため、完全な状態である全軍から離脱した一部隊と考察できる。結果、「半なるもの」で「一部隊」と解読。

・「出」の“現れる”は、敵軍から一部隊を出撃させることと考察。結果、使役形で「出撃させる」と解読。

・「撃」の“断ち切る”は、敵軍から出撃させた一部隊を断ち切ることと考察。敵軍から断ち切った敵部隊は孤立した状態となることを踏まえて、「孤立させる」と解読。

<②について>
・1つ目の「之」は、①「半」の「一部隊」を指示する代名詞と解釈。結果、話の流れを踏まえて「敵軍から出撃させた一部隊」と補って解読。

・「去」の“離れる”は、①「巧みに孤立させた状態にする」と同意と考察。結果、使役形で「孤立させる」と解読。

・「令」の“季節”は、其五2-4「時」の”季節“を「正攻法部隊を構成する各部隊」と解釈した結果に基づけば、正攻法部隊の一部隊とわかる。この一部隊は①「敵部隊を引き寄せても一定の距離を保ち続けるおとり部隊」を指すと考察。結果、「自軍のおとり部隊」と解読。

・「半なりて敵す」の直訳は“不完全に攻撃する”となる。これは、「敵軍から出撃させた一部隊」に対する攻撃が不完全、つまり本気で攻撃しないことと考察。結果、「その敵部隊を不完全に攻撃する」と補って解読。

・「利」の“利益で誘う”の“利益”は、敵軍にとっての利益であるため、話の流れより、自軍のおとり部隊が劣勢になった状態と考察できる。この劣勢は意図的に仕掛けた戦術であることを踏まえて、「劣勢を装って誘う」と解読。

<③について>
・「利」の“利益で誘う”は、②同様に「劣勢を装って誘う」と解釈。但し、話の流れに合わせて「劣勢を装って敵部隊を誘う」と補って解読。

・「半におらしむ」の直訳は“真ん中に配置させる”となる。これは、其五2-9②「奇策部隊は、周囲をじっくり見ていない敵部隊を取り囲んだ状態をつくり、容易く攻め取れる状態に至らせて行き詰まらせる」に基づけば、敵部隊を取り囲んだ状態をつくることと考察できる。結果、「取り囲んだ状態をつくる」と言い換えた。

・「令」の“号令する”は、奇策部隊を率いる間者が主語と考察。結果、「奇策部隊の間者が号令する」と補って解読。

・「引く之」の直訳は“弓を引き絞る彼ら”となる。これは誘導してきた敵部隊を攻め取る奇策部隊と考察。結果、「弓を引き絞る奇策部隊」と解読。

・「去」の“損なう”は、奇策部隊が誘導してきた敵部隊を武力で傷つけることと考察。結果、「武力でその敵部隊を傷つける」と言い換えた。

<④について>
・「半におらしむ」は、③同様に「取り囲んだ状態をつくる」と解釈、その対象となるのは敵部隊である。また、この取り囲みは奇策部隊だけでなく、その奇策部隊の周囲で正攻法部隊(ここではおとり部隊)も取り囲んでいることが其六6-1⑥「兵士達を水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵部隊を取り囲む」等の記述からわかる。このように解釈した上で、「獲物となった敵部隊を取り囲んだ状態をつくる」と簡潔に解読した。

・「利」の“鋭い”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器」を指すと考察。結果、話の流れに合わせて「士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている」と解読。

・2つ目の「之」の“彼ら”は、③「弓を引き絞る奇策部隊は武力でその敵部隊を傷つける」の奇策部隊を指すと考察。結果、「奇策部隊」と解読。

・「撃」の“叩く”は、其五1-4①「段」の“槌(つち)で打つ”と同意と考察。其五1-4①「自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破る」の虚実の教えに基づき、「容易く打ち破る」と解読。

・「出」の“産物”は、其十1-3④「恐れ震える敵兵達を導く間者は、高貴な地位を装って、住居と富と食糧が得られると説く」に基づけば、収穫した穀物が主と思われる食糧を指すと考察できる。結果、「食糧」と言い換えた。

・「令」は“法令”と“おきて”の掛け言葉と解釈した上で、其九6-1⑥「真心のある法規や決まり」を指すと考察。結果、「真心のある法規や決まり」と解読。

・「去」の“捨てる”は、攻め取った敵兵達に敵国に対する服従を捨てさせることと考察。結果、使役形で「離反させる」と解読。

・「引」の“引き込む”は、離反させた敵兵達を自国に服従させることと考察。結果、「自国に服従させる」と言い換えた。

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