孫子の名言「故に勝ちを知るに五有り」の間違い

孫子兵法「謀攻篇」の「故知勝有五」自体はそれほど有名な名言ではなく、漢字「五」が指す五つの教えも含めて1つの名言とも言えます。見知った漢字が並ぶため、何となく簡単に解読できそうな印象を受けますが、話の流れの掴み方によって全く異なる解釈が出現する一句です。

参考:其三5-1 故に勝つ知は五有り。

一般的な書き下し文及び解読文

一般的な書き下し文故に勝ちを知るに五有り。
一般的な解読文そこで、勝利を知るためには五つの事柄がある。

一般的な解釈は、自国が勝利できるか否かを判別するための教えとしています。しかし、このように解釈することで、続きの句で説かれた五つの教えと結論を合わせた六句が釈然としない内容になっています。

一般的な解釈に対する疑問点

まず、第一の疑問点は、この句で示す五つの事柄が勝利を知るための教えとあるが、その内容一つひとつを見ると、一般的な解釈では「①戦うべき時機の識別、②大軍隊と小軍隊の使い方、③指揮官と兵士の意思統一、④整えた自軍で油断した敵軍を待つ、⑤君主が将軍に干渉しないこと」となっているため、勝利を判断する条件と考えるには違和感があります。

この五つの教えの内、「①戦うべき時機の識別、④整えた自軍で油断した敵軍を待つ」は勝利に繋がる内容と言えるかもしれませんが、「②大軍隊と小軍隊の使い方、③指揮官と兵士の意思統一」は強い軍隊をつくる内容となっており、「⑤君主が将軍に干渉しないこと」は将軍の資質の問題であり、概念が統一されていません。

第二の疑問点は、本当に勝利を判断できる条件という重要な教えにも関わらず、計篇「戦略、戦術」や「戦略、戦術の計画を立てる」記述前後ではなく、謀攻篇で唐突に登場することです。つまり、「勝利を知るための五つの事柄」が、話の流れを無視して存在しているのです。

また、「勝利を知るための五つの事柄」は一段落使うほどボリュームのある教えですが、タイトル「謀攻」が持つ”漢字の意味”とも整合していないように思います。このように考えた時、漢字「勝」は、本当に「勝利」の意味で解読して良いのか?と思い至ります。

また、漢字「知」の”知る”について、そもそも「知る」という言葉は解釈が困難であり、脳のどのような状態に対して「知る」と表現しているのかを判断しづらいものです。そして漢和辞典「漢辞海」でも”知る”という意味は掲載されておらず、個別具体的な「知」の状態を表す意味が掲載されています。そのため、この句における漢字「知」の解釈に対しても疑問があると言えます。

当サイトにおける解釈結果と理由

書き下し文故に勝つ知は五有り。
解読文君主による軍事の災いを抑制する知恵は五つ存在する。

この句を解釈するために、最も大切なことは話の流れを掴むことです。そこで直前の句を確認すると、其三4-2①「君主が軍事機関に赴くことを認めた時、軍事の災いとなる理由には三種類ある」に代表される「軍事の災いとなる君主」に関する内容が一段落続いています。また、三種類の内容についてそれぞれ確認すると、相応しい状態に関する記述はあっても、「軍事の災いとなる君主」への対応策は明示されていません。そのため、素直に話の流れに従えば、この段落では「軍事の災いとなる君主」への対応策が明示されるはずであり、そうでなければ”教え”とは言えないと思います。

さて、話の流れを掴んだところで漢字「勝」の意味を確認すると”抑制する”という意味があり、さらに漢字「故」には”災い”の意味があります。その結果、漢字「勝」は「軍事の災いとなる君主」に対する動詞であり、漢字「故」は「君主による軍事の災い」を指すと考察できます。つまり、「故に勝つ」で「君主による軍事の災いを抑制する」という解釈に至るのです。

次に、漢字「知」の解釈をする前に、続く五つの教えについて当サイトの解釈を挙げると以下のようになります。前述した一般的な解釈とかなり異なりますが、「孫子兵法の構造と解読方法」で紹介した方法によって、漢字の意味に素直に従って解読した結果です。

  1. 将軍が同意する戦争と、将軍が同意しない戦争を覚えさせる
  2. 多人数部隊と少人数部隊の使い道を覚えさせる
  3. 部下が共同して望むことを献上する
  4. 君主に誤解させる行動を留めて、恐れること無く進言や諫言をする
  5. 将軍が有能になれば、君主が牽制することが無い

これら五つの教えの要旨は、いずれも「君主による軍事の災いを抑制する」ことに繋がる対応策だと言えます。そのため漢字「知」からは、対応策と解釈できる意味を採用すれば良いとわかります。すると該当しそうな意味として”知識”と”知恵”の二つが登場しますが、ここで求められるのは「君主による軍事の災いを抑制する」という具体的な行為であるため、後者の”知恵”が適切だと判断できます。

なお、解読文には反映しておりませんが、この知恵は其一2-6①「将軍とは、実践できる知恵があり、信頼があり、思いやりがあり、勇敢さがあり、厳格さがあるのである」の「実践できる知恵」を指しています。なお、そもそも「知恵」には”適切に処理できる能力”の意味があり、孫子兵法全篇を解読すると「表面的な知識」と「実践できる知恵」の違いについて何度も触れており、「表面的な知識」から「実践できる知恵」に変えていくことの大切さを説いています。

以上の解釈をまとめると、この句は「故に勝つ知は五有り」で「君主による軍事の災いを抑制する知恵は五つ存在する」と解読することができます。

<補足>
其三6-1①「故兵知皮知己、百戰不殆」の「戦略、戦術は、表面的な知識は災いとなるが、自分の知恵にすれば、多くの戦争をしても危険が迫らない」から続く「謀攻篇」最後の段落は、この「表面的な知識」と「実践できる知恵」の違いについて詳しく説いています。
なお、一般的には「知彼知己、百戰不殆」で「彼を知り、己を知れば、百戦して殆からず」とされる名言の一つですが、元々記述されていた漢字に従えば異なる解釈が得られます。この名言の間違いについては「名言6:孫子の名言「彼を知り、己を知れば、百戦して殆からず」の間違い」を参照してください。
<備考>
当サイトの原文は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」に従うことを基本とし、適宜、孫子(講談社)、新訂孫子(岩波)、七書孫子を参考にしています。

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